京都の割烹「祇園川上」
門上 武司
20年以上も前のこと。「あまから手帖」が「AMAKARA」から現在のスタイルにリニューアルした第一号は「関西和の30人」という特集であった。そこで僕は「祇園 川上」の取材をした。初代の松井新七さん。白衣の下は、クレリック(襟と袖の部分が白)のシャツに蝶ネクタイである。髪の毛は襟足を綺麗に刈り上げておられた。和食の料理人で、こんなにお洒落な方と出会ったのは初めてである。伺えば、散髪は週に一回、シャツは横浜のテーラーでオーダーだという。もちろんサスペンダー使用だ。この徹底ぶりに魅せられた。
以来、親しくお付き合いをさせていただき「祇園 川上」のOBが集う「川上会」に何度か呼んでもらった。ある時に長女で直木賞作家の松井今朝子さんが「父親には私と次女しか子供はおりません。どちらも店を継ぐことができません。そこで、以前働いていた加藤宏幸さんに『祇園 川上』の暖簾を継いでもらうことにしました。みなさんよろしくお願いします」と挨拶され、その内容が見事であった。
祇園にあって60年を越す歴史と高い評価を得た老舗の主人を務める、という重圧は計り知れないものがあると想像に難くない。
暖簾を継ぐということが、単純に技術を守りつづけるということではない。その店が醸し出す空気感からもてなしに至るまで、あらゆる要素が詰まっている。加藤さんは「祇園 川上」のホームページに「親切、センス、鮮度」の精神を通じて、お客様と共に今後も歩んでいければ・・そう願うばかりです」と記す。これは初代からの教えである。すでに加藤さんの「祇園 川上」は10年の歴史を超えた。親切とは、その日に入手した食材を使うこと。つまり決まった献立があるわけではない。食材から料理を考えることも多い。センスとは、日本料理に大切な「三つのキ」。季節、機会、器を尊重すること。よって店内に飾られる生花から設え、器にいたるまで細心の注意が払われている。鮮度とは、信頼する仕入先との関係の賜物である優れた食材を使うということ。そこに加藤さんは「チームワーク」ということを加えた。料理は個人戦ではなく、職人が集まりその粋が集結したところで素晴らしい一皿が出来上がるのである。そのチークの要となるのが加藤さんというわけ。
名店の心意気を見事に守りながら、新たな生命を見事に吹き込まれた料理は、食べる側に充足感を与えることになる。料理は常に時代とともに成長することを知る。門上 武司
株式会社ジオード 代表取締役
フードコラムニスト
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1952年10月3日大阪生まれ。関西の食雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、テレビ、雑誌、新聞等のメディアにて発言も多い。国内を旅することも多く、各地の生産者たちとのネットワークも拡がっている。食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぐ役割を果たす存在。また大阪府や大阪市、京都府、京都市、奈良県など、行政が日本の食について海外に向け発信するシーンへの登場も多数ある。また、日本のあらゆるジャンルの料理人が設立した一般社団法人 全日本・食学会では副理事長を勤める。2002年日本ソムリエ協会より名誉ソムリエの称号を授与される。著書に、『門上武司の僕を呼ぶ料理店』(クリエテ関西)のほか、『スローフードな宿』『スローフードな宿2』(木楽舎)、『京料理、おあがりやす』(廣済堂出版)等。祇園川上を訪ねる旅をご用意しております。
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美食家が憧れる 京都の割烹「祇園川上」