美食家が憧れる ならまち「白 Tsukumo」
門上 武司
「白」と書いて「つくも」と読む。「つくも」は「九十九」である。つまり百から一を引くと九十九となる。白寿が九十九歳を祝う年と同じ考え方。
「白」の主人・西原理人さんは「百点満点はありません。常に百点を目指していけるようにこの店名をつけたこともあります」と話す。西原さんは福岡生まれ東京育ち、小学生の頃から料理人を目指し、京都嵐山吉兆本店でしっかり懐石料理を学び、その後ニューヨークの精進料理の店では料理長として働く。そこからロンドンの日本料理店で見聞を広め2015年奈良で独立。瞬く間にその名前は知られ人気店となる。そして2022年奈良町に移転。奈良の建築家・北条慎示さんと綿密な打ち合わせを重ね素晴らしい館を自らの城とした。
玄関口から店内の土壁に至るまで西原さんに縁のある土地の土やシンボルが埋め込まれている。自分の歴史に見守られながら仕事ができる環境を作り上げた。北条さんは「前の店で何度も食事をして、今回の建物も30回以上しっかり打ち合わせをしました。施主と建築家の理想的な関係と言っても良いかもしれません」と新たな「白」が誕生したときに語ってくれた。
現在(いま)料理界で重要なことは、その地で料理をすることを考えること。料理人は単に料理を作るだけが仕事ではない。その土地の文化、伝統、風習、食材などあらゆることに思いを巡らし料理を作ることが必要とされている。それを高い位置で体現しているのが「白」の西原理人さん、だと僕は考える。西原さんは奈良に移住し、奈良の古事や季節の行事や神事を徹底的に料理に落とし込むことを考えた。もちろんその地に足を運び、その光景を咀嚼し、盛り付けに生かす。だから料理に説得力があり、奈良で西原さんの料理を食べる意味と価値が生まれてくるのだ。
地産地消は大切なキーワードだが、そこから何歩も踏み込み料理を作る西原さんの姿勢には頭が下がり「白」は料理店というより、奈良の美術館であり図書館であり大使館という役割を果たしているのだと感じることも多い。僕は東京で11席だけの秘密のレストランをプロデュースしている。西原さんにそのレストランで料理をしてもらったことがある。1回目は奈良をテーマに料理を作られた。だが2回目はそのレストランがある日比谷の歴史や文化を相当研究し、そこから料理に作りをされた。こんな料理人は比類なき存在だと信じている。
門上 武司
株式会社ジオード 代表取締役
フードコラムニスト
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1952年10月3日大阪生まれ。関西の食雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、テレビ、雑誌、新聞等のメディアにて発言も多い。国内を旅することも多く、各地の生産者たちとのネットワークも拡がっている。食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぐ役割を果たす存在。また大阪府や大阪市、京都府、京都市、奈良県など、行政が日本の食について海外に向け発信するシーンへの登場も多数ある。また、日本のあらゆるジャンルの料理人が設立した一般社団法人 全日本・食学会では副理事長を勤める。2002年日本ソムリエ協会より名誉ソムリエの称号を授与される。著書に、『門上武司の僕を呼ぶ料理店』(クリエテ関西)のほか、『スローフードな宿』『スローフードな宿2』(木楽舎)、『京料理、おあがりやす』(廣済堂出版)等。