川下りから始まる物語
―福岡県柳川市―
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- 伝統・文化
- 宿
~水郷のまち・柳川~
蒸し暑さが未だ残る9月上旬、九州最大の内湾である有明海に面し、かつて柳川藩11万石の城下町として栄えた町、福岡県柳川市を訪ねた。「赤い鳥」などで有名な詩人・北原白秋を生んだこの町は、古くから「水郷のまち」として知られ、風情溢れる温かな風景が町の至る所に広がっている。
元々一帯が海であったこの地域は、掘っても真水が得られないため、陸地化して水を張り巡らす仕組み「堀割」が不可欠であった。堀割があることにより、柳川には水と共に生きる暮らしが根付いていく。そしてこの暮らしから生み出されたものが「川下り」である。川下りとは、堀割を舟で進み町を巡る、柳川の観光には欠かせないもの。現在でも柳川の伝統文化として継承されており、一年を通して様々な催しが開かれている。特に雛祭り時期には、「お雛様水上パレード」や「流し雛祭り」などの行事も行われ、毎年多くの観光客で賑わっている。
(写真:柳川水郷めぐり)
観光列車「36ぷらす3」ディナークルーズ 九州の伝統産業めぐりと水郷のまちで過ごす特別な夜~柳川藩主立花邸 御花~
今回の旅の目的地は、そんな柳川市のシンボルともいえるお宿「御花」。「御花」の歴史の始まりは江戸時代。5代藩主立花貞俶が側室や子息たちの住まいを〝御花畠〟と呼ばれていた場所に移したことに始まる。やがて柳川の人々から「御花」の愛称で親しまれるようになり、明治時代には現在も残る御花の基礎が築かれた。そして戦後に旅館として姿を変えた後も立花家の人々によって守られ続け、今もなお文化的価値を伝え続けている。
(写真:柳川藩主立花邸 御花)門をくぐってまず目に入ったのが西洋館。ここはかつて立花家の迎賓館として使われていた建物。西洋風の建築様式からは、明治維新により近代化を遂げた当時の日本の気概が感じられる。西洋館を抜けその奥に現れるのは大広間。西洋館とは対照的に日本建築の大広間の形式をそのまま残し、奥には荘厳な日本庭園「松濤園」が広がっている。庭からは200本近い松の木が池を囲む景色を楽しむことができ、毎年晩秋から冬にかけては100羽ほどの野生の鴨が飛来し、愛らしい姿を見せてくれるという。その他、立花家の歴史を伝える美術品の数々が展示される史料館や、庭を望む料亭旅館「松濤館」など、約7000坪の広大な敷地の中に、現在まで続く藩主・立花家の歴史の積み重ねを感じることができる。
ここでは語り尽くせないほど魅力溢れる御花。今回、そんな御花の第18代・立花千月香氏にお話を伺う機会を得たが、こちらの予想とは裏腹に、立花氏の口から出た言葉は意外なものだった。
(写真:日本庭園 松濤園)~新たな「御花」のストーリー~
「2年程前までは毎日のようにお客様が来館し、常に人で溢れかえっている状態でした。しかし、食事を楽しんで満足して帰ってしまう方がほとんどで、御花の文化的価値を伝える機会はなく、その為、お客様の記憶にも残りませんでした」と語る立花氏。そんな課題を抱えた御花が変わった契機が、新型コロナウイルスの拡がり。2ケ月間の休業を余儀なくされる等、ピンチともいえる事態をチャンスと捉えた立花氏は、新たな御花を作り上げることに着手する。テーマは〝世界観の統一〟。素通りするだけの施設から、「文化財に泊まれる宿」ということを広く知ってもらうことを目標とする。マーケティング担当やデザイン担当を新たに雇用し、御花の印象に関わる案内看板やメニュー表を考案した他、SNSでの情報発信の際も文章や写真の角度などにこだわり、御花としての世界観の統一を目指した。その結果、御花とお客様との世界観・価値観が繋がり、お客様に喜んでいただく機会が増えたそうだ。
(写真:御花 第18代 立花 千月香)又、これを機に、従業員からの提案も増え情報共有が活発になり、従業員同士の絆が深まったという。「彼らの接客を見ていると、御花への溢れんばかりの愛を感じます」と笑顔で語る立花氏。御花で働く従業員が、仕事仲間という立場を越え、一つの家族のように感じた瞬間だった。
立花氏とお話しする中で、印象的だったのは「文化財を遊び倒す」という言葉。文化財と聞くと保存することがまず頭に浮かぶが、それだけでは次の世代へ受け継いでいくことは出来ない。幼い頃から御花が家だった立花氏だからこそ生まれる発想で、末裔自身が宿を営むことの価値や重要性を感じた。
(写真:御花 大広間)最後に、立花氏が描く御花の未来を伺った。「お宿づくりは町づくり。御花を何回も訪れたくなるような場所にする。そしてお客様だけでなく、町の人に柳川を誇りに感じてもらいたい」。100年後を見据えるその視線の先には、新たな御花、そして新たな柳川の町の姿が浮かんでいるように見えた。
(写真:御花 西洋館)写真提供/御花 文/髙寄 玲未
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