但馬地方の神秘なる水がもたらす、豊かな自然の恵みと美食を堪能する
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兵庫県・但馬地方の山間にある神鍋高原は、冒険家・植村直己の生まれ故郷であり、キャンプ、スキー、パラグライダーなど、アウトドアにはもってこいの大自然に溢れています。そして注目すべきは水の清らかさ。神鍋火山から噴出した溶岩と、そこを流れる稲葉川の豊かな水流が見事な景観を生み、八反の滝、二段滝など、神秘的で見応えある滝が多く点在しています。また但馬地方には名水と呼ばれる湧き水があちこちにこんこんと湧き出ており、その豊かな水で育つ農作物やつくられる醸造物は一流料理人からも注目され、食の分野も見逃せません。清らかな水がもたらす大自然の恵みを受けて、心も身体も浄化できそうなスポットを巡りました。
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地域の良質な産物を惜しみなく使い、天然醸造で醸す醤油蔵
自然に囲まれた山間の町に、静かに佇む醤油蔵「大徳醤油」を訪ねました。あたりには醤油の香ばしい匂いが立ち込めています。明治43年の創業で、天然醸造の醤油を造り続けている全国でも数少ない蔵です。一般的に大量生産される醤油は、発酵を促進するために培養酵母などを添加して短期間で醸造したり、添加物を加えて旨味を調整したりすることも多いのですが、ここでは一切何も加えず、自然の力に委ね、蔵に棲み付いた微生物たちが、自分たちのリズムでゆっくりじっくり時間をかけて、醤油を醸しています。蔵の中に一歩足を踏み入れると、杉板張りの壁や床に、ふわりと微生物の気配。ユニークな四角い形の木製タンクの中では、発酵した醤油のもろみがプクプクと息をしていました。
「四角い木のタンクって珍しいですよね。実は今、伝統的な木桶を作る職人は絶滅の危機で、もし壊れたら、直すことも、新しく作ることもできなくなってしまうかもしれないんです。そこで、自分たちでメンテナンスできるようにとオリジナルでつくりました。使ったのは地元の大屋杉なのですが、これがすごく調子良いんですよ」と話すのは、大徳醤油の4代目代表・浄慶拓志さん。微生物たちが長年居心地よく棲み慣れている、地元の杉でつくったことが、良い発酵をもたらしたのではないかとのこと。
【写真/杉板を張り合わせてつくったオリジナルの醸造タンク】
大徳醤油は原材料にもこだわりがあり、大豆も小麦も100%国産。さらに生産者との結びつきを強め、醤油はもちろん、麺つゆやドレッシングなどの加工品に至るまで、素材を丁寧に選び、産地をしっかりと明記しています。例えば魚醤はホタルイカ、ノドグロ、香住カニなど、日本海で獲れた未利用魚を活用し、漁師さんの収入の安定を目指しています。通常の魚醤は魚と塩だけで造るところを、麹を加えることで生臭みを無くし、一層の味の深みを与えています。地域の在来種で、かつては徳川家康にも献上されたという、フルーティーで爽やかな風味の朝倉山椒を使用した山椒醤油もあります。いずれも添加物は一切使用せず、麹と塩を混ぜて作るもろみ用の水は、兵庫県最高峰の山、氷ノ山の伏流水。適度なミネラルを含む、良質な水です。
「有機・地域・伝統をキーワードに、『命を育む食べものづくり』が会社の理念です。食べるものが私たちの体を作っており、醤油は日本の食のベースでもあるので、そこに変なものを入れてはいけない、という考えで昔からずっとやってきました。誇りを持っていいものを作っている生産者さんと一緒にものづくりをしていきたい。そして商品を手に取った方が地域の魅力を知るきっかけになり、生産者のやりがいにも繋がっていけたらいいなと思っています」と浄慶さん。
【写真/素材には最大限にこだわった、様々な醤油製品】
そんな大徳醤油が最近力を入れているというのが「手作り醤油キット」。家庭で簡単に醤油を作れるキットです。醤油を手作りすることで、家庭の味として楽しんでもらいたいのはもちろん、子供達に日本の伝統的な醸造の文化を体験してもらい、未来に残して行きたい、という思いがあります。
「醤油は元々家庭で造られていたもので、かき混ぜるのは子供達の仕事でした。身体に良い微生物に触れることで、病気を防いでいたといわれています。日本の醤油の伝統的な製法は、世界的に見ても圧倒的にレベルの高い発酵技術ではないかと。それを長く続けてきたことは私たちの大きな価値であり財産です。誇りを持って携わり、次の世代に伝えていきたいと思っています」
【写真/4代目代表の浄慶拓志さん】
一流シェフが腕を振るい、自然栽培の野菜をふんだんに使ったレストラン
オーガニックレストラン「miso」は、築150年を超える古民家の一角をリノベーションした独特な空間。特に驚くのが一面茅でできた大きな壁です。こんな壁は見たことがありません。昔の茅葺き屋根の家のように、寿命が来たら葺き替えて自然に返す、循環型の建物であることを表しているのだそうです。建物は母体である介護施設「リガレッセ」と一体化しており、大らかで気持ちのいい空気が流れています。
【写真/レストラン外観。大きな茅の壁が圧巻】
この店で料理の腕を振るうのは、シェフの河嶋健太さん。神戸のジャン・ムーラン、東京のジョエル・ロブションなど錚々たる名店で修行の後、パリの星付きレストランで研鑽を積み、故郷の豊岡へ。自身の店「monter(モンテ)」をオープンして話題を集めた後、2020年の4月より、misoのシェフに就任しました。子供の頃から料理人を志し、食べ歩きも大好きだという河嶋さん。超一流の腕を持ちながらも、気さくで飾らない河嶋さんの人柄が反映されているのか、自然光の明るく振り注ぐ店内は和やかでリラックスできる空間です。
【写真/シェフの河嶋健太さん(右)と店長の山本紘嗣さん(左)】
白炭工房の「神鍋ブラック炭パウダー」を使ったイノシシのコロッケ。上に乗っているのはニラの花。
朝採れのオクラとスベリヒユ、キャビアを乗せた馬肉のタルタル。大徳醤油を隠し味に。
しっとり焼いた日本海のカマスに、サイコロ状に細かく切った在来種のズッキーニ、オクラ、オクラの花、ムール貝を添えて。
河嶋さんの作る料理は、近年よく聞かれるようになったイノベーティブ・フュージョンに、但馬地方の豊かな自然を色濃く表現し、地域の魅力を五感で存分に味わえるような料理。全ての素材が但馬地方産ではないとのことですが、河嶋さんが選んだ世界各地の上質な素材と地元の素材が融合することで、但馬の良さを一層引き立てているように感じます。
「普通だったらフランス料理には使わない、大徳醤油さんの醤油なども積極的に使っていますよ。かぼちゃのスープの仕上げや、馬肉のタルタルの味付けに使うと、甘みが深まってコクが出るんです」
最近は野草にも興味があるという河嶋さん。この日の料理には、近くの山や野原生えていたスベリヒユ、ヤブカラシなどを自身で採取し、さり気なく添えています。野山の自然の草花を採ってすぐ調理して出せるのは、都会ではできない、この場所ならではの特別なこと。
「ここにいるだけで何でも全部揃ってしまうのが但馬の良さ。食材に困ることがありません、日本海が近いので海の幸は十分に手に入る。野菜はこの地域で100種類くらい作られているそうで、在来種がめちゃくちゃ多いんです。上質な醤油、酢、酒などを造る醸造蔵も近くにある。お米は環境に配慮した『コウノトリ育むお米』があるし、出石は蕎麦の産地です。豊岡イチゴをはじめ、ぶどう、なし、りんご、メロンなどフルーツも豊富。コールラビ、カーボロネロなんていうちょっと珍しい野菜を作っている人もいて、志高く尊敬できる生産者が多いことも、この地域の大きな魅力だと思います」
地域おこし協力隊が選んだ神鍋の地
さて、misoの料理の美味しさの秘密は、実は農園にもありました。店のすぐ裏手に自然栽培の自家農園を持ち、様々な野菜やハーブが栽培されています。農園の管理を一手に担っているのは瀬戸宏之さん。元々和食の料理人だったそうですが、農業に興味を持ち、最初は地域おこし協力隊としてこの地へやってきました。
「ここへ来て、生活が180°変わりました。今までどちらかというと受け身で生きてきたのですが、農業を始めてから、自分のやりたいこと、やるべきことが明確になり、仕事にやりがいを感じて自ら動くようになりました」
【写真/自然栽培の農園に携わる瀬戸宏之さん】
自然栽培とは、農薬や肥料などは一切使わず、土と植物が本来持っている力を引き出し、自然に寄り添いながら育てる農業です。misoの農園は元々耕作放棄地だった土地。一見するとやや雑多な雰囲気で、こんなに放ったらかしで大丈夫なの?と思ってしまいますが、そこになっていた在来種の真っ赤な万願寺唐辛子を一口かじってみると、まるでフルーツのような瑞々しい甘みに驚き!そのままポリポリと食べ切ってしまいました。樹木のようにしっかりと太い茎に実ったナスは、みっしりキメが細かく、切ってしばらくしても黒ずむことがありません。水は一切撒いていないそうですが、土壌の状態がよければ、微生物が良い環境を作り、水分は程よく保たれ、野菜は根を伸ばして元気に育ち、虫も付かないそうです。キュウリができても最初の数本は収穫せず、それを食べたい動物に食べてもらうことで、後から人間にとって美味しい頃合いのキュウリが実ってくるのだとか。自然とはなんとも不思議なものです。
【写真/完熟の万願寺唐辛子。甘みが深く、辛さはありません】
「自然栽培は循環型なんです。自然全体を豊かにすることで、僕らはその恵みをいただくことができる、と考えています。この地域には、そういうやり方に共感してくれる人も多いので、これから自然栽培をやりたいという若い人たちのために役立ちたいし、次の世代に伝えていかなければと思っています」
農園の真ん中を流れる小さな川は、神鍋高原の方向から流れてくる山の湧き水。夏でも冬でも水温はずっと10℃で一定に保たれているそうで、雪が降ると湯気が立っていることもあるんだとか。
「夏は冷たくて、冬あったかい。だから冬の水仕事で、長靴で中に入っても冷たくないんです」
自然栽培の農作物たちも、但馬の清らかな水に守られて元気に育っていることを感じました。
【写真/草木がのびのびと生える農園。黄色い花はオクラ】
豊かな里山の資源を適材適所で活かし、地域を活性化させていく
夕暮れ時に到着したのは、神鍋高原の山奥にある「神鍋白炭工房」。misoで出てきたイノシシ入りのコロッケには、ここの炭パウダーが使われていました。工房を運営するのは、三代続く炭焼き師の田沼光詞さん。田沼さんの作る白炭は、室内でも使える炭で、火力はしっかり熱いのに、炭だけがほっこりと赤くなり、煙が出ず、炎を上げず、匂いもない。これで肉や魚を炙ると美味しさが圧倒的に違うといいます。といっても、田沼さんの仕事は炭焼きだけではありません。自ら山へ行き材木の伐採から行っており、薪ストーブやウッドキャンドルの販売、バーベキュー用グッズの開発、最近では椎茸の栽培もしているとか⁉︎話を聞くほどに活動が多岐に渡り過ぎていて、とても把握し切れません。しかし、田沼さんの志は一つで、「里山の価値ある資源を適材適所で活かすこと」が全ての活動のベース。田沼さんはアイデアマンでもあり、常に新しい商品やシステムを開発して、どんどんユニークなビジネスを生み出しています。
「昔の里山の暮らしは、山の木を切って家も道具もなんでも作り、エネルギーとして使い、常に山が手入れされていました。山の資源で地域経済も循環していたんです。それが戦後からライフスタイルが変わり、山が放置されてバランスが崩れてしまった。森の木を切り、整備することで、光が入り、新しい芽が出て、山が生き返る。虫や鳥や動物も生きていける。山の資源を無駄なく活用し、需要のある商品として売ることができれば、雇用が生まれ、経済が回り、地域は豊かになり、自然も人も守れます。持続可能な資源の循環と心豊かな暮らしのためにできることを日々考えています」
【写真/「神鍋白炭工房」の田沼光詞さん】
もうすぐ陽が落ちる夕暮れの山の中で、田沼さんが焚いてくれたのはウッドキャンドル。スウェーデントーチとも呼ばれる、丸太一本をそのまま燃やすキャンドルです。丸太に火が入りやすいよう切り込みを入れただけですが、火を灯すとたちまちワイルドでロマンチックな雰囲気になり、いつまでも眺めていたい、心地良い炎です。煮炊きに使ったり、キャンプファイヤー代わりにしたりもできるので、最近キャンプ場やアウトドアで人気だそうです。炎を眺めながらのんびりと癒しのひとときを過ごせました。
【写真/丸太を利用したシンプルなウッドキャンドル。灯が変わりゆく時間をゆっくりと感じさせてくれる】
神鍋名物の郷土料理を堪能
「お食事処 わらく」は古い建具や古道具を上手に取り入れながらリメイクした、古民家のような独特の空間で、この地域ならではの料理が楽しめる店です。豆腐を練り込んだ蕎麦や、名水といわれる十戸の湧水で育ったニジマスの料理など、郷土料理の継承に力を入れています。「地元で獲れたジビエを調理したり、山菜を自分で探しに行ったり、食材にはこだわっています」と語る、店主の小西輝さん。今後もより上質で丁寧な料理を提供し、この土地らしいストーリーを伝えて行きたいと思っているそうです。
わらくのこだわり
一品一品丁寧に、地産の食材にこだわったコース料理。彩もよく、人気メニューのひとつ。
人気の手打ちそば
連日、全国からこの蕎麦の味を求め多くのお客様がやってくるそう。神鍋の水の恵みを受けた蕎麦は本当においしい味わいです。
ブックカフェでほっこりおやつタイム
旅の途中で一息つきたい時に、つい立ち寄ってみたくなるカフェ「Sweets&Books キノシタ」。天井が高く、木のぬくもりが優しく心地よい空間は、のんびりリラックスできます。そしてキッチンの奥からは、思わず吸い寄せられるようなバターのいい香り。ここに来たらぜひ食べておきたいのがレーズンバターサンドです。サクサク食感のクッキーはしっかりとしたバターの風味、そして濃厚なクリームに自家製の大粒ラムレーズンが挟まれ、とても贅沢な味わいでした。壁際の本棚には多様なジャンルの本があり、自由に閲覧できます。
【写真/人気のバターサンドクッキー】
城崎温泉から日本海の絶景の地へ
地域の公共交通、全但(ぜんたん)バスが期間限定で運行する日本海の絶景の地へ足を延ばしてみました。最近注目のワーケーションという、働くことと休暇をバランスよく楽しめるおすすめの場所を訪ねました。
海を望む絶景スポットで気持ちよくワーケーション
休暇村とは、全国の国立・国定公園内にあり、豊かな自然を満喫できるリゾート宿泊施設。「休暇村竹野海岸」は、日本海の壮大な地形を見下ろす高台にあり、とにかく眺めの良さが抜群!ここは山陰海岸ジオパーク内にあり、他ではなかなか見ることのない、変化に富んだ不思議な自然の造形に圧倒されます。四季折々、また時間によって刻々と変わる風景は、見ていて飽きることがありません。客室も温泉露天風呂ももちろんオーシャンビュー。
館内はwifiを完備しており、外のテラス席でも利用可能。波の音を聴きながら、心地よい環境の中でワーケーションできてしまいます。仕事に疲れたら、海を眺めてリフレッシュ。夕暮れ時には海風を浴びながらお疲れさまのビールも気持ち良さそう。そして実はここ、料理もお楽しみの一つ。活きイカ、ノドグロ、香住蟹など、季節で変わる日本海の旬の味覚が味わえる他、地元のブランド牛、但馬牛尽くしのコースもあります。「新鮮な魚介や上質な食材、そして人が底抜けに優しいこともこの土地の魅力です」とスタッフの西口諒さん。美しい景色と海山の幸を満喫できます。
しゃぶしゃぶ、すき焼き、ステーキなど、但馬牛を様々な料理で楽しめる、但馬牛尽くしのコースもあり、「休暇村竹野海岸」は宿泊にもおすすめ。
オーシャンビューの絶景が楽しめる。テラスで過ごしたり、室内でのんびりと過ごす。
竹野スノーケルセンター
「休暇村竹野海岸」から車で数分のところにある「竹野スノーケルセンター」は建物のすぐ目の前が青い海。スノーケルやカヌーなどのマリンアクティビティはもちろん、漂流物観察やネイチャークラフトなど、誰でも気軽に参加できる文化系の体験プログラムも充実しています。山陰海岸ジオパークの変化に富んだ多様に美しい地形を眺めながら、様々な海や空の生き物と出会ったり、きれいな石や貝、シーグラスなどを見つけたり。海辺をぶらぶら散歩するだけでも多くの発見がありました。子供から大人まで、幅広い層に楽しめる場所です。館内には、竹野海岸の地質や歴史を知るコーナー、この海に生息する生き物の写真一覧などがあり、プログラムの体験前にここでちょっと勉強しておくと、一層楽しめるかもしれません。分からないことは知識と経験豊富なスタッフに聞けば、丁寧に教えてくれます。少し照れ屋で優しいスタッフのみなさんとのほのぼのとした交流も、この場所の密かな楽しみの一つです。
海辺を歩くと小石や貝殻、シーグラスなど、美しい自然の造形に出会える
海のことならなんでも知っているスタッフのみなさんとの交流も楽しい
少し足を延ばして自由に旅する
全但(ぜんたん)タクシーのハイヤーで好きな時間に自分好みのところへ。路線バスもおすすめですが、ゆったりとハイヤーで移動し密をさけて移動もできる。
但馬地方の神秘さ
すっかり夜になりました。神鍋高原で夜空を眺めると神秘的な光景が。
神秘的な水がもたらす但馬地方。自然の恵みを存分に受けたこの地でゆっくりと滞在して明日からのエネルギーを得ることができました。
(文/江澤香織 写真/田中貴 モデル/上河内美里 編集/岡田勉)