岡山県北で出会う、豊かな自然と共に楽しむアートな時間
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感性にふれる岡山県北の魅力
岡山県の観光といえば、後楽園や倉敷美観地区などが思い浮かびますが、新幹線ではちょっと行きづらい県北地域に足を延ばすと、まだまだ知られていない魅力的なスポットが多く点在していることに気付きます。豊かな自然を満喫しながら、心癒されるようなアートと身近に触れ合える、ユニークな場所や人物をご紹介します。
地元の木材を使い、音の出るおもちゃと楽器を作る「mori no oto」
鳥取県との県境にある山深い地域・西粟倉村に、廃校となった旧影石小学校があります。明治8年に開校された歴史ある古い学校ですが、現在は空いた校舎に日本酒中心の酒屋や、うなぎの養殖など、ユニークな店や企業のオフィスが入居し、地域活性としても注目されています。校舎の脇にある渡り廊下を歩いていると、ポコポコポコ…、とちょっととぼけたような穏やかで可愛らしい音が聞こえてきました。「mori no oto(もりのおと)」を運営する、石川照男さんの工房です。中に入ると大小様々な木材や道具がそこかしこに積まれ、不思議な形の木のオブジェがたくさん並んで、まるで絵本の中のような風景です。
石川さんは大阪の大手電機メーカーで長年デザイナーとして働いていましたが、学生の頃から音楽が好きで、趣味でバンドを組んだりもしていたそう。父親はアルゼンチンタンゴの演奏家で、家には古いバイオリンが一台残っていました。それは根元のところがポキっと折れており、自分で修理してみようと思ったのが、この仕事に入るきっかけだそうです。ちょうど退職のタイミングでもあり、バイオリン工房に弟子入りし、楽器作りを学んでいるうちに、その面白さに惹き込まれていきました。
「自分で木を削って楽器を作って、音が出て、演奏できるってことがカルチャーショックでした。バイオリン作りは難しくて相当ハードル高いけれど、作ること自体はすごく面白かった。こんなに面白いなら、もっと自分なりに工夫し、誰でも作れるような簡単なものにして世の中に広められたら、と考えたのです」
自分が打ち込める次の人生に巡り合った瞬間だった、と石川さんはいいます。
最初は大阪の家具工房の一角を借り、楽器作りの教室を始めました。ものづくりに深く関わるほど、材料となる木のこと、森のことをもっと知りたくなっていきました。日本の森林について調べていると、出会ったのが西粟倉でした。そこでは村ぐるみで自然の恵みを丁寧に繋げていく「百年の森林構想」という活動が行われており、木の楽器作りも何か森の再生に役立つのではないか、と思ったのです。石川さんの作る楽器やおもちゃは、全て地元である西粟倉の木を使用し、無垢の質感が味わい深く、一見とても素朴でシンプル。振ったり吹いたり、叩いたり動かしたりすると、思いがけないユニークな音を奏でます。それはどこか懐かしくて癒される、心の琴線に触れるような、まろやかでのどかな優しい音。おもちゃのデザインには海、山、雲、雨など、自然をモチーフにしたものも多く、そこには地域の豊かな森や自然への思いを込めた温かな物語が紡がれています。
工房から車で数分のところに、展示ギャラリー「音蔵(おとのくら)」もオープンしました。本物の古い蔵を改装。中は音が響くので、楽器の演奏にもぴったりです。一緒に触って音を出しているうちに、だんだんと楽しく愉快な気持ちになってきました。
「西粟倉は、暮らしと仕事、自然と村が渾然一体になった、その雰囲気がすごくいいなと思うんです。今は時々子供向けのワークショップなどを行っていますが、この地はお年寄りも多いので、例えば施設や病院で演奏するなど、もっと幅広い世代に音楽の楽しさを伝え、何か役立つことができたらと、アイデアをあれこれ模索中です」と石川さん。優しい木の音色は、まるで西粟倉の自然に包まれているようで、心地よく癒されるひとときでした。自然の中で思いっきり働き、遊び、食べる。農泊体験「土井ん家」
岡山北東の勝央町で、周りをぐるりと森と田んぼに囲まれ、車がやっと通れるような細いあぜ道を抜けた先に、米農家の土井さんが営む農泊「土井ん家」があります。「うちは本物の農泊だよー!」と容赦ない土井崇司さんの一言。着いて早々に始まったのは薪割り。ちゃんと腰を入れてしっかり斧を振らないとひっくり返ります(その後は電動式を使わせてくれました)。そしてやぎを連れてお散歩へ。自然がいっぱいの農道を、ヤギと一緒に道草しながらぶらぶら歩くのはなかなか楽しい気分。こんな風にゆるーい雰囲気の時もありますが、田植えや稲刈りシーズンには、がっつり働いてもらうことも多いそうです。のんびり気軽なお手伝いから本気のハードワークまで、体力に合わせて土井さんと相談してみましょう。
「うちは生活体験なので基本的にリアルです。長靴と汚れてもいい服で来てくださいね。本気でやりたい人には、田植え機やコンバインに乗ってもいいですよ。ここまでガチに働くのは絶対できない体験だと逆に喜んでもらえることも多くて」と笑う土井さん。きのこ狩りや山菜採りなど、季節によって特別な体験もあります。そして終わった後には、両手いっぱいに収穫物のお土産が!天気のいい日は田んぼの横でバーベキューを楽しむこともあるそう。
土井さんは生まれも育ちも勝央町で、かつてはフォークリフトの整備士として働いていましたが、42歳で独立。代々続く実家の田んぼを引き継ぎました。町からは人がどんどん減り、空き家が増えると田畑も荒れてしまいます。町が過疎化していく現状に危機感を抱き、お米の販路拡大と空き家活用、地域活性など様々な問題を解決し、町を盛り上げていければ、という思いで農泊を始めたそうです。予約制のオリジナル居酒屋
土井ん家の敷地内には、夜からオープンする予約制の居酒屋があります。といっても、お酒が飲めない人でも大丈夫。しっかり食べたい人におすすめのボリュームたっぷりメニューです。農泊体験で昼間思いっきり働くと、お腹はペッコペコ。ここでご飯を食べることは、土井ん家の一番の醍醐味です。元は養蚕と牛舎だったという建物をリノベーションし、靴を脱いで上がるほっこりとした空間は、まさに土井さん宅にお邪魔するような寛いだ雰囲気。料理を作るのは妻の陽子さん。土井さんの家は昔から宴会をすることが多く、陽子さんはあれこれ工夫を重ねているうちに、いつの間にか料理の腕が上がっていたとか。できるだけ地元の旬の素材を使い、どれもちょっとひねりを利かせ、手の込んだ丁寧な料理ばかり。最後は土井さんの田んぼで採れたお米で炊いた、ホカホカの炊き込みご飯が登場!土井夫妻も一緒に輪の中に入ってわいわい会話を楽しみながら、ゆっくり夜が更けていきます。自然の中でのびのびと働き、たくさん食べて、ぐっすり眠る。シンプルな暮らしの体験で、頭も心もスッキリ浄化され、元気がみなぎってくるような場所です。
【土井ん家】
TEL/090-4658-3774国内外で活躍するアーティスト、花房紗也香さんが企画するギャラリーと絵画レッスン
さて、岡山県といえば、日本初の西洋美術館で重要美術品を多く所蔵する倉敷の大原美術館や、3年ごとに開催され世界中から多く人が集まる瀬戸内芸術祭など、アートと関わりの深い県であることが知られています。県北エリアにも、アート好きなら絶対に外せない美術館があることをご存知でしょうか?奈義町現代美術館は、有名建築家・磯崎新氏が手がけ、建物とアーティストの作品が一体化した不思議な感覚を楽しめる、現代アートの美術館です。
そんな奈義町で創作活動を行うアーティスト、花房紗也香さんを訪ねました。花房さんはロンドン生まれで東京を中心に生活してきましたが、結婚を機に、2018年より奈義町に移り住み、創作活動を行っています。日本各地、そして海外でのレジデンス経験もあるせいか、奈義町での暮らしにも特に違和感はなく、すんなりと馴染めたそう。「自分の人生として、都会と田舎の両方で暮らせたことは、とてもよい経験になっています」と笑顔で話します。田舎暮らしだからできることの1つとして、最近興味があるのは狩猟だとか!機会があればやってみたい、と楽しそうに話してくれました。
取材時は、奈義町現代美術館で花房さんの作品展が行われていました。室内の風景と野外の自然、心の内と外、曖昧な境界線と不思議な浮遊感。花房さんの描く作品は、思考を深める複雑な空間の重なりの中に、どこか優しく穏やかな表情があり、絵の持つ独特の世界に身を任せて深く入り込んで行くうちに、これは私的な感想ではありますが、ピンと張ったストレスを和らげてくれるような、安心できる居場所を差し出されたような、自分の内面と交信して何か癒される要素が漂っているように感じます。改めて目を凝らし、絵に近寄って眺めてみると、油彩とアクリル絵の具で描かれたベースに、シルクスクリーンやプリント布などがところどころ合わさり、透明感とマットな質感、模様の織りなす心地よいリズムなど、細やかで考え抜かれた丁寧な絵の構成に再び驚きます。
花房さんのアトリエは、奈義町現代美術館からもすぐ近く。義父でアーティストでもある花房徳夫さんが運営するギャラリーとカフェ「ギャラリーFIXA」の並びにあります。建物は以前囲碁将棋の工場だったそうで、畳部屋の和室をリノベーションしたアトリエは、天井に立派な木の梁がほのかな面影として残っていました。周りを自然に囲まれ、作品作りに没頭できそうな、のどかで静かな環境。ここでは定期的に絵画教室も開催しています。地域と緩やかに繋がりながら、描きたい人々に豊かな創作の機会を提供し、その表現の力を伸ばしてあげることは、花房さんのやりたかったことの1つでもあります。そしてギャラリーFIXAでは花房さんがキュレーターとして様々な企画展を開催。美味しいコーヒーとケーキを楽しめるカフェもあります。ちょっと一休みしながら、奈義町のアート巡りを楽しんでみてはいかがでしょうか?
おじいちゃん、おばあちゃんも子供たちも、みんなが仲良く集う銭湯カフェ
お城と城下町の古い町並みが残る津山。実はコーヒーの街としても密かに盛り上がっているのです。津山は「珈琲」という漢字の発祥の地。津山出身の洋学者(蘭学者)・宇田川榕菴(うだがわようあん)が考案しました。榕菴は西洋の植物学にも精通していたそうで、「珈琲」は当て字というだけでなく、女性が髪に挿す玉飾りを意味する「珈」と、その玉を繋ぐ紐を意味する「琲」を組み合わせ、赤いコーヒーの実と枝を表現した、なんていうお話も。そんなことを聞いていたら、美味しいコーヒーが飲みたくなってきました。
津山には江戸時代の町家やお屋敷から、大正時代の洋館まで、古い建造物が多く残っており、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。散策するのが楽しいエリアですが、そこでふと目に留まったのが「コーヒースタンド福寿湯」。名前の通り、明治30年に開業した、元は銭湯だったという建物。閉業してから60年以上、倉庫のように使われ、忘れ去られていたそうです。暖簾をくぐると、目の前には番台を思わせる箱型のコーヒーカウンター。男湯、女湯の入り口も再現。奥にはタイルの浴槽が当時のままに残っています。ディスプレイされた古いブリキの看板は、建物の中を片付けていた時に出て来たお宝で、昔ここで実際に使われていたものだそう。浴槽にお湯は入っていませんが、縁に腰掛けて足をぶらぶらさせながらコーヒーを味わえるなんて。なんと粋な空間なのでしょう!上を見上げると天井は吹き抜けで、湯気を逃す大きな窓もそのまま。まるで雫のようにランプがぶら下がり、本当にお風呂に入っているようないい気分。
店主の廣戸達哉さんは、生まれも育ちも津山。子供の頃からおじいちゃんが大好きだったそうで、実はコーヒー屋をやりたかったのではなく、おじいちゃんおばあちゃんが気軽に集まって一休みできる場所を作りたい、という思いでこの店をオープンしたといいます。
「ここは現代の福寿湯。昔の銭湯の時のように、コーヒーをきっかけにして人が集まり、会話が始まる。気軽なコミュニティの場で在りたいと思っています」
自家焙煎したハンドドリップのコーヒーと一緒に食べる“アテ”は、津山のご当地食材「そずり」を使ったそずりバーガー。そずりとは、牛の骨の周りの肉のことで、津山弁で削ぎ落とす、という意味。90を過ぎたおばあちゃんが3時のおやつに食べに来ることもあるとか。そしてもう1つはタイ焼きではなく、コイ焼き。山間部なのでタイよりコイの方が身近なんだそうです。廣戸さんは元和菓子職人で、時には気まぐれな手作りのおやつが登場することもあります。建物を改装し始めた時の浴槽はガラクタでぎっしり埋まっており、それらをようやく全部片付けて、空っぽになった時、廣戸さんは中に入ってしばらくぼーっと体育座りをしてみたんだそう。そうすることで、銭湯が現役だった古き良き時代に直接触れたような気がした、といいます。「最終的にはいつかお風呂屋さんをやりたい」と廣戸さん。まずは足湯ができるような方法を考案中だとか。
「ここはおじいちゃんおばあちゃんにとっては懐かしい場所だけど、僕たち若者には新しくて面白い。大手のチェーン店より小さな個人店の方がこれからは価値のある時代になるんじゃないかな。そういういい感じの店がポツポツ増えてくれば、いろんな人が行き交い、コミュニケーションが生まれて、心も豊かになり、町はもっと魅力的になるんだと思います」「ゆのごう美春閣」の明るく元気な女将が、アートで地域をもっと楽しく
「岡山県美作三湯」の1つとして人気を誇る名湯、湯郷温泉。1200年の歴史があり、延暦寺の円仁法師が巡礼の途中に、白鷺が傷を癒しているところを見て、温泉を発見したといわれます。そんな温泉街の一角で、鉄を自在に操り躍動感のある彫刻を作っている「鉄筋彫刻」のアーティスト、徳持耕一郎さんに出会いました。普段は鳥取県にアトリエを持つ徳持さんですが、2022年3月の完成を目指したアーティスト・イン・レジデンスとして、この地に滞在しながら作品の公開制作を行なっています。
徳持さんの作品のモチーフは主にジャズ奏者。かつて個展を行なったNYでジャズに魅了され、以来30年以上ジャズシーンを表現し続けているそうです。様々な太さの鉄の棒をくねくねと曲げ、徳持さん独自の感性で造形が組まれると、まるでフリーハンドで描いた柔らかな線画のように繊細で生き生きとした、ジャズ演奏のワンシーンが浮かび上がります。いまにも動き出しそうな、耳をすませば音楽が聞こえてきそうな、見ているだけで自然と体がスウィングしてしまう、リズミカルで人間味のある作品の数々。制作の様子は一般公開され、訪ねてきた人々と気軽に交流しながら、街の空気を取り入れて、一緒に作り上げていくスタイル。出来上がった作品は街のあちこちに設置され、全部で8体の作品が展示されるそうです。
「美作市は市長もジャズが大好きだそうで、各種音楽イベントを開催するなど暮らしの様々なシーンで音楽を楽しむ風土があるように感じます。僕の作品が街の魅力アップに少しでも役立つことができたら嬉しいです」さて、アートを通して徳持さんと湯郷温泉をギュッと近づけた立役者の1人が、温泉旅館「ゆのごう美春閣」の元気女将、永山泉水さん。「ゆのごう美春閣」は、湯郷温泉の中で最も規模が大きい温泉旅館であり、露天風呂の広さも県内最大級!家族で楽しめる気持ちの良い温泉旅館です。いつも笑顔で明るい永山さんは、誰とでもすぐ打ち解けてしまう気さくな性格。知人を通じて最初はSNS上で徳持さんにご挨拶したことがきっかけとなり、あっという間に意気投合してしまったそうです。
「徳持さんの作品は、実際に目の前で観ると、写真では伝わり切れない立体感、臨場感があって、感動が何倍にも膨らみます。だからぜひ現地で観ていただきたいんです。この展示をきっかけに、アートで地域をもっと盛り上げていきたい。例えば作品を発表する場を探している若いアーティストさん達に展示スペースを提供するなど、何か応援できるような試みとか。湯郷温泉は外を歩いても、旅館の中でも、自然にアートと触れ合えるような、そんな地域になったら、より楽しいのではないかと思います」岡山県北には、まだまだ他にも伝えたい素敵な場所がたくさんあります。
都心部とはひと味もふた味も違う、県北の奥深い魅力を味わいに、ぜひ訪ねてみてください。(文/江澤香織 写真/白鯛憲司)
岡山県北地域へは「中国ハイウェイバス」が便利です
大阪から津山・勝央・美作までラクラク・便利にアクセスできます。
中国ハイウェイバスに乗って、岡山県北の豊かな自然が織りなすアートな時間に出会いに行ってみませんか。中国ハイウェイバスの詳細はこちら