世界遺産に泊まる 名宿岩惣と神の島 宮島を訪ねて
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【宮島の歴史】
コロナ禍で大きな変化を余儀なくされた2020年。2020年に引き続き、2021年も私たちは大きな危機に直面しています。このような難局の時代を私たち人類の先人は英知を結集し、これまでも幾度となく苦難を乗り越えてきました。今から1200年以上前に弘法大師が開基したと言われる宮島。この「神の宿る島」にある弥山(みせん)山の伏流水が厳島神社に神水として流れ、歴史上の偉人たちも大いなる信仰をよせこの地を訪ねました。この弥山の神水の麓にある名宿岩惣(いわそう)。ここ弥山の原始林と厳島神社は1996年に世界遺産となりました。岩惣は「世界遺産に泊まる宿」として原始林が手つかずのまま残り自然と見事に調和しています。「限りなく自然と調和する宿」、これが岩惣の魅力であり世界中から人びとがやってきてここを訪ねたくなるスピリチュアルな部分と感じます。この難局の時代を乗り切るヒントを得るため、宮島の名宿、岩惣を訪ねました。【岩惣の歴史】
安政元年(1854年)、初代岩国屋惣兵衛が奉行所より現在のもみじ谷公園にあたる土地を借り受け、因幡屋茂吉とともに開拓し、創業。岩惣の屋号の由来は、岩国屋惣兵衛の名前からとったものである。
創業当初は旅館ではなくお茶屋(いまでいうカフェ)としてスタートし、道行く人々の憩いの場として繁盛した。明治時代に入って旅館として宿泊を受けるようになり、増築により徐々に拡大して現在に至る。【もみじ饅頭発祥の宿】
明治時代、当時の女将が「岩惣ならではのお茶菓子を提供したい」と高津堂の主人に依頼して完成したのが「もみじ饅頭」。現在でも広島銘菓として愛されているお菓子は、岩惣の歴史と深く結びついているそう。(写真は岩惣に泊まった時に茶菓子として提供されているもの。)
【岩惣の魅力】
「宮島の弥山原始林は世界遺産です。勝手に木を切ったり植えたりすることはできません。手入れも、川の掃除や落ち葉掃き等最低限のことにとどめており、また岩惣周辺で私有地と国有地が入り混じっていることもあって、敷地の境を示す塀などは設置されておりません」そう話すのは名宿岩惣の女将、岩村玉希さん。軒先の紅葉と桜以外は原生林の、手つかずの自然の景観が見事だ。限りなく自然の中に調和され少しずつ手を加え、現在に繋いできた。自然と調和する先人の知恵の結晶がここ岩惣の魅力。このような「スピリチュアル」な場として宮島は特に欧米人に人気が高い。【宮島の食】
宮島に滞在する魅力の一つは何と言っても食だ。私が訪ねた時は牡蠣が旬なころ。弥山の原始林がもたらす豊かな自然のおかげで、山から海へ豊富なミネラルが流れ込み、宮島の牡蠣は抜群の味わいとなる。そのほかにアナゴなど、広島や瀬戸内海の幸、季節に応じた食材に舌鼓をうつのも宮島ならではの愉しみ。岩惣の献立
師走の献立
寒向のみぎり 年惜しむ名残の膳より。前八寸は美しく丁寧な味わい。津合蟹のばってらや小倉蓮根、穴子の八幡巻きなど地域の食をゆっくりと味わう事ができる。
【伝統的建造物】
岩惣に世界中の旅行者がやっているもう一つの魅力はこの伝統文化的価値の高い建物だ。少しずつ手を加えながら現在に繋いできた丁寧な岩惣の「宿への想い」が手掛けてきた時の職人達に受け継がれてきた。「古いと言われればそれまでだが、そこに魅力を感じてくださる方もいるので、歴史文化を大切に残していきたい。例えば屋根一つにしても、檜皮葺や瓦葺など、お客様の目が届きにくいところではあるが、そういった細かい部分にもこだわって維持をしている。日本では檜皮葺職人も京都と奈良にしかおらず、職人の数も少なくなってきたが、職人の技を絶えさせないという意味でも、補修は専門の職人に来ていただいている。宮島には伝統文化を守ろうという人々の意識や環境が整っており、みんなが協力してくれることも岩惣にとってはプラスに働いてるんです」と、岩村玉希さん。
【岩惣の温泉】
明治時代に使っていた井戸水を調べると、偶然温泉の成分が出てきたことで発見された岩惣の温泉。微弱の放射能泉(ラドン)で体が温まる効果がある。露天風呂は川の清流のすぐそばにあり、浴槽からの美しい弥山の原始林の眺めは格別だ。【美術館のような館内】
季節ごとに合わせた額や掛け軸。岩惣が買い集めたものではなく、これまでの歴史で偉人達が宮島を訪れ、岩惣に泊まり、遺していったものばかり。長い歴史の中で多くの人々に愛されてきた岩惣ならでは。写真は岩惣の女将である岩村玉希さん。【コロナ禍と宮島の観光の変化】
「コロナ前、宮島を訪れるのはほぼ海外の方(特にヨーロッパ人)だったが、コロナ後は6割~7割を広島県内の方々が占めております。コロナ後、地元の方々をお迎えすることで、基本に立ち返ったような気持ちでいます。
海外の方が増えたので食事も洋食よりのブッフェスタイルに変えていたが、今は和食中心に戻しており、食事の出し方も大きく変わりました。
いずれコロナが収束して海外も戻ってくるだろうが、準備、対応、おもてなしの仕方や意識は、コロナ禍の新しい様式から戻ることはないのではと考えております。」と女将さん。宮島ロープウェイに乗って山頂からの眺め。美しい瀬戸内の穏やかな景色が広がる。この地形がもたらした神秘的な風景。大自然の中開放的な気分になり、そう歩くことなく山頂まで訪ねることができるもの宮島の魅力だ。
【これからの宮島の可能性】
新しい様式を守りつつ、いずれ海外の旅行客が宮島を訪ねる時はまた新たな魅力がバージョンアップされてそうだ。
旅行の起源はお伊勢参りといわれる。私たちの健康祈念や祈りから始まったお伊勢参りから旅行の本質は変わっていないし、旅行へ行きたいという気持ちは誰しもが持っている。「本当は積極的に来てくださいと言いたいし、言わなければいけないが、ご時世的に言いづらい雰囲気もあって情報発信も難しい。一方で、常に気にかけてくださる地元の方とのコミュニケーションが何より大切であるということは、コロナ禍で得た学びの一つ。」と女将さん。
近場を観光するマイクロツーリズムアは日帰りで帰ることができる距離の旅行を愉しむ事に加え、近場に宿泊する機会をもたらした。地元の人々が新鮮な気持ちで宮島を味わうきっかけになったのではないだろうか。例えば、夜の宮島の雰囲気は知られていても、朝のすがすがしい空気は滞在することによる発見であり、これまで気が付かなかった魅力ではないだろうか。
宮島を歩くと、時代の変化とともに若者向けのカフェなど新しいお店も増えたと感じた。路地に足を踏み入れれば、他の温泉地にはないような、宮島ならではのお店もたくさんあり、このように新しい取り組みをしようと頑張るお店が増えることで、宮島は新たな魅力を手に入れようとしている。厳島神社や大鳥居だけに頼らない質の高いサービスを通じアフターコロナに向けた宮島岩惣の取り組みに注目したい。
(文/写真 岡田勉 協力 後藤健太・高田宣太郎)