旅のおみやげ ~もう一つのお愉しみ~
旅の土産
旅にはさまざまな愉しみがありますが、その地ならではの工芸品をお土産として買い求めるというのも、そのひとつです。
国の内外を問わず、その土地の風土や風習が育ててきた工芸品はお土産として持ち帰られることで、旅の思い出として残ります。
それは今に始まったことではなく、ひとが旅をするようになった太古の昔から、工芸品をお土産として買い求め、たいせつに持ち帰る風習がありました。
東北地方の小介子
その代表とも言えるのが〈こけし〉ですね。ふだんの暮らしでは決して見かけることがありませんが、かつてはどこの家にも、ひとつやふたつは〈こけし〉がありました。いや、今もあるかもしれませんね。
〈こけし〉は小介子と書くのだそうですが、江戸時代の終わりころ、すなわち物見遊山の旅が盛んになったころ、東北地方の温泉地で湯治客に向けての土産品として作りはじめられたそうです。
真っすぐな棒状の胴体に、不釣り合いなほどの大きな球状の顔がくっついていて、独特の表情をした顔が描かれ、床の間の片隅にある飾り棚で不思議な存在感を示していたものです。
知人宅を訪れて、この〈こけし〉を切っ掛けとして、東北談義や温泉の話に花が咲く、というのはよくあることでした。
木彫り熊
そして〈こけし〉よりも強い存在感を示していたのは、木彫りの熊の置物だったのではないでしょうか。
基本的には真っ黒です。四つん這いになったヒグマは必ず口に鮭を加えているのです。これはヒグマが川に入りこんで、泳いでいる鮭を捕獲した瞬間を再現したもので、木彫熊と呼ばれています。これが飾られていると、北海道を旅してきたのだなと分かります。〈こけし〉に比べると、重くて大きいもですから、お土産に持って帰るのも大変だっただろうなぁと想像したものです。今のように宅配便が普及していない時代だったですから。
〈こけし〉に比べるとリアルな造りで、ヒグマの体毛も細かく彫られているせいで、子ども心に少なからず恐怖感も感じたものです。
木彫熊はアイヌが作った伝統工芸品だと思い込んでいましたが、どうやらそうではなく、その始まりには徳川家の末裔が関り、作りはじめられたのは大正時代の末期だと言いますから、意外にその歴史は浅いものだったのですね。東北地方の〈こけし〉や北海道の木彫熊は、どちらも農閑期の農家による副産物だったわけですが、日本の工芸品は多くがおなじような経緯から生まれたもののようで、そこから派生したものに〈民藝〉という流れがあります。
民藝を旅する
民藝と難しい字を使いましたが、民芸は普通名詞、〈民藝〉は固有名詞だと解釈されています。
大正時代の末期、「日本民藝美術館設立趣意書」が発刊されたことが〈民藝〉の始まりです。日常の暮らしの中で使われてきた手造りの日用品の中に〈用の美〉を見出し、それを暮らしに生かすという運動に〈民藝〉という言葉を使ったのです。
大正時代に柳宗悦が創始した〈民藝〉は、昭和、平成を経て、令和の時代になって一躍注目を浴びることになりました。
コロナ禍で定着したステイホームにより、身近な日々の暮らしを見直すようになったのですが、これまであまり気に掛けなかった、器をはじめとする日用雑貨を充実させる流れが契機になったのです。
長く使え、しかも美しい。丈夫で比較的安価となれば、これまでなぜ使わなかったのだろうと思うのは当然のことですね。
冒頭で〈こけし〉や木彫熊をお土産にする話を書きましたが、〈民藝〉をお土産として持ち帰る旅はきっと、これからの時代に脚光を浴びるようになるのではないだろうかと予測しています。
元々が土産品として作られたものではなく、日々の暮らしに生かすために作られたのが〈民藝〉の最大の特徴ですから、ただ旅の記念品に留まることなく、旅から帰って後の暮らしに大いに役立ちます。一石二鳥の旅になると言っても過言ではありません。
日本全国津々浦々に〈民藝〉はありますから、古寺巡礼ならぬ〈民藝巡礼〉の旅というのも、充分愉しめるのではないかと思います。
加えて〈民藝〉は身の回りの品々、ありとあらゆるアイテムがあることも大きな魅力となっています。
食器をはじめとする器、暮らしを彩る装飾品、家具、衣類、生活雑貨、文房具などなど、数え上げればキリがありません。それらを旅先で少しずつ集めてコレクションにするのもいいですね。
(写真は松本民藝館。外の光と見事に調和する。用の美)
民藝と旅を愉しむ
更には〈民藝〉は空間としても愉しめるので、旅先で〈民藝〉空間に身をゆだねるのも、無形のコレクションになります。
たとえば日本各地に点在する〈民芸館〉がその代表です。
東京の駒場にある『日本民芸館』をはじめとして、松本や倉敷、鳥取など民藝運動とゆかりのある地にはそれぞれ〈民芸館〉がありますし、名称は異なっても、民藝と関わりの深い美術館や博物館も多く存在しています。
それを核として、〈民藝〉を訪ね歩く旅はいかがでしょう。
真結ツァーでは、信州松本を旅するバスツァーも人気です。次回はそんな旅を詳しくご紹介しましょう。
(民藝の宿、すぎもと旅館のロビー。僕にとっては思い出深い場所)