妄想旅の愉しみ(コロナウイルスによる外出自粛でも楽しめる方法)
妄想旅の愉しみ
前回はバーチャルトラベルという言葉を使いましたが、今回はそれを更に一歩進めて、妄想旅の愉しみ方をご紹介しましょう。
バーチャルと妄想。おなじようにも思えますが、前者は仮想、後者は妄想という微妙な違いがあります。仮想はあくまで疑似的ですが、「妄想をたくましくする」という言葉があるように、想像力を働かせる妄想旅は、更に深く愉しむことができます。
被害妄想、誇大妄想という言葉が思い浮かぶように、妄想という言葉はもとは精神医学用語で、病的な様相を表しますが、空想の世界を遊ぶのは古今東西、小説の最も得意とするところで、妄想なくして文学や芸術はあり得ません。旅も然りです。旅に出る前にあれこれ妄想をはたらかせ、行かずとも旅を愉しんでいるのです。言い換えればそれは、旅のプランニングでもあります。
ツアーの醍醐味
旅の計画。そもそもはそこから妄想旅が始まっているのです。まずは目的地を決め、行きたい宿を選び、立ち寄りスポットを考えて計画を立てます。それが愉しいのですが、時には面倒だと思うことがあります。そんな時に便利なのがツァーです。「ゆい」ではたくさんのツァーが設定されていますから、その中から自分の好みや予算に合ったコースを選べば、あとは旅行を愉しむだけ、という実に楽チンな旅です。
ネットで手軽にできるようになったとは言え、宿の手配をし、アクセスを考え、移動手段も予約しておくとなると、けっこうな手間になります。それらすべてを任せておけばいい、というのは実にありがたいことですね。アクセス、宿泊、食事、立ち寄りスポットとすべて網羅されています。
その手軽さゆえに軽視されることもありますが、吟味され尽したツァーは無駄が少なく、効率的かつお値打ちに旅することができるのです。
つまり、言い換えれば旅行会社さんが、旅人の代わりに妄想してくれているのです。そしてその妄想を現実に変え、ツァーという形ができあがるというわけです。
僕もそのお手伝いをさせていただくこともありますが、僕の妄想旅は宿を決めることから始めるのが、他とは違うやり方かもしれませんね。旅は宿ありき、というのが長年続けてきた僕の結論なのです。
もちろん日帰り旅も愉しいのですが、できれば宿に泊まって一夜を過ごしたいものです。となると、旅の道中の大半の時間を宿で過ごすことになりますから、たとえ妄想旅であっても、まずは宿を決めたいところです。
別段、数自慢をするつもりはありませんが、これまでに僕が泊まってきた日本の宿は数百を軽く超えていると思います。なかで何軒か失敗はありましたが、多くはまた泊まりたいと思う宿です。そうして過去に泊まった宿と、まだ経験していないけど行きたい宿を組み合わせて旅を作るほど愉しいことはありません。想像しただけでワクワクします。と、ここからすでに妄想旅が始まっているのです。
前回は日本一とも称される修善寺の「あさば」をバーチャルでご紹介しましたが、今回は九州へ飛んで、唐津の「洋々閣」へ泊まる旅を妄想してみましょう。「洋々閣」に泊まる妄想
九州の中でも佐賀県は地味ですね。何処にあって、どんな風土なのか、すぐにイメージは湧きませんが、「洋々閣」のある唐津というのは、とても素敵な街なんです。
博多から西へ、小一時間ほどで唐津に着きます。唐津の〈津〉は港という意味で、唐の国へ行き来する港、というのが唐津の語源です。つまりは朝鮮半島を経由して、中国文化が伝わってくる、入口の役目を果たす街として唐津は栄えてきたのです。
虹の松原という景勝地と地続きに建つ「洋々閣」は、むかしながらの古風な佇まいで、その外観や玄関口を見るだけで、旅情をかき立てられます。さて、その「洋々閣」ですが、玄関口が二か所あることに気付きます。道路に面して奥のほうが旅館の入口で、手前はギャラリーの入口なのです。日本広しといえどもこんな宿は他にありません。
中国文化を代表する陶磁器文化は、この唐津を出入口としていたことを象徴するように、「洋々閣」のギャラリーには唐津焼の器が所狭しと並べられています。それも名工として名高い中里隆一家の作品だけが陳列されているのですから、器好きには堪りません。
逸る気持ちを抑えて、宿の玄関から上がり込むと、館内にも唐津焼が飾られ、古風な佇まいによく似合っています。板張りの廊下を進み、部屋に案内されるとほっこりします。最近は庭を散歩できる宿がずいぶん少なくなりましたが、「洋々閣」ならよく手入れの行き届いた日本庭園をのんびり散策できます。遠くに潮騒を聞きながら、松の枝ぶりなどを眺めていると、やはり日本旅館は心が休まるなと思います。
温泉ではありませんが、清潔な大浴場も備わっていますので、夕食前にひと風呂浴びましょう。湯上りはギャラリーを覗いて、品揃え豊富な器をまずは目で愉しみ、明日の出立までにどれを土産にするか考えましょう。
そんな素敵な唐津焼の器がふんだんに使われる夕食は、「洋々閣」のメインイベントと言ってもいいでしょう。華美に走ることなく、料理を引き立てる唐津焼の感触を愉しみながら、地酒やワインと一緒に吟味された食材の数々をじっくりと味わいます。
黒毛和牛の南蛮利休鍋
オコゼやアラ、フグなど玄海の旬の幸ももちろん美味しいのですが、宿名物とも言える〈黒毛和牛の南蛮利休鍋〉も是非味わいたい逸品です。
秘伝のゴマダレをお茶の点前のように、茶筅で練り混ぜる趣向が、なんとも愉しいのです。お茶人さん気分で味わう和牛のしゃぶしゃぶは、唐津焼の器とともに、いつまでも思い出に残る名物料理です。ベッドではなく布団を敷いて寝るというのも、日本旅館ならではの贅沢な休息です。さて、どの器を買おうかなと思いを巡らせながら、翌日の妄想を膨らませるうち、深い眠りに落ち、「洋々閣」の一日が終わります。
洋々閣の妄想旅
コロナウイルス終息後はぜひ、「実現旅」としたいものですね。文/柏井壽 写真/洋々閣提供