温泉の効用について
温泉の効用
秋の深まりとともに恋しくなるものが、いくつかあります。食べるもので言えば、おでんでしょうか。あるいは鍋物もいいですね。冷たい風で冷えた身体を芯からあたためてくれます。
食べもの以外だと、誰がなんと言っても温泉でしょう。
もちろん一年を通して、温泉は魅力に満ちていますが、寒くなるとよりいっそう温泉が恋しくなります。
紅葉を愛でながら露天風呂に浸かれば、自然と鼻歌が出てきます。ひんやりした外気で頭は冷えますが、その分、首から下の温もりが、よりいっそう気持ちよく感じます。頭寒足熱とは、よく言ったものです。
科学的なことはよく分かりませんが、おなじ地球上なのに、日本ほど温泉を活用しているところは、ほかにないのではないでしょうか。
温泉は火山と関係があると言われていますが、世界中に火山などいくらでもあります。ハワイにだって有名な火山があって、溶岩が流れている光景をよく見ますが、近くに温泉を利用しているホテルがあるという話は聞いたことがありません。
掘っても温泉が出ないのか、掘ろうとしないのか、よく分かりませんが。
太古の昔から、日本人は温泉に出会い、あるいは掘り当てて、長く愉しんで来ました。
北は北海道から南は沖縄まで、いったい何カ所の温泉があるのでしょう。数え切れないほどの温泉を見つけたのは、その多くが動物です。
もっとも多いのは烏でしょうか。烏が羽を休めているのを見て、というパターンはよくあるようで、山代温泉のように〈烏湯〉と名付けられています。
あとは鹿。鹿が足の傷を癒しているのを見て、というのもよく目にします。こちらは〈鹿の湯〉と呼ばれることがおおいですね。
動物と温泉と言えば、地獄谷温泉に浸かる猿が有名ですね。白濁した湯に浸かって、うっとりと目を閉じている猿の群れを見ると、人間そっくりだなと思います。
なぜ動物たちは温泉を見つけ、その湯に身をゆだねるかと言えば、動物に備わった本能で、直感的に〈身体にいい。病を癒す〉と気付くからだと思います。
動物たちには医者も居ませんし、薬もありません。病を得れば自然治癒力に頼るしかないのですが、傷を癒すのに温泉が効果的だと、きっと肌で感じるのです。あるいは匂いで気付くのかもしれませんね。
科学的根拠以前に、動物たちが、温泉が効くことを実証してくれているのです。温泉見つけ人 行基
動物以外、つまり人間で、温泉をみつけだすのは行基というお坊さんが他を圧倒します。温泉見つけ人と言ってもいいほど、日本各地で温泉を見つけているようです。
行基はしかし、ただの温泉見つけ人ではありません。奈良時代の偉いお坊さんで、大僧正と呼ばれる最高位についた、日本で初めてのお坊さんだと言えば、その凄さが分かるでしょう。
治水や架橋に多くの業績を残したほか、奈良東大寺の大仏さま建立の最高責任者だったというのですから、温泉見つけ人などと言っては失礼かもしれません。
しかし日本各地の温泉を訪ね歩いてきたぼくには、行基と言えば温泉、となってしまうのです。
歴史的な史料があるわけではなく、あくまで伝承に過ぎないのですが、著名な温泉地の開湯には必ずと言っていいほど、行基の名前が出てきます。
僧侶は信仰を通じて、人々の心の健康を維持させる仕事です。その僧侶が温泉を見つけてきたのも、偶然ではないと思います西の横綱有馬温泉
草津温泉、野沢温泉、山中温泉などなど、数え上げればきりがないほどです。
そんな行基が開湯したと伝わる温泉のなかで、関西人にもっともなじみ深いのが有馬温泉です。
道後温泉、白浜温泉とともに、日本三古湯のひとつに数えられ、さらには、草津温泉、下呂温泉とともに、日本三名泉のひとつにも数えられると言いますから、無敵の温泉です。
温泉通のあいだでは、東の横綱が草津温泉、西の横綱が有馬温泉と言われているそうです。
ただ古い歴史を持つだけでなく、その泉質も優れているということですから、関西人には誇らしいですね。
先刻ご承知だろうと思いますが、有馬温泉は神戸市北区に位置しています。県庁所在地に名湯があるのも、きわめて珍しいことですし、つまりはそのアクセスのよさは折り紙付きというわけです。
鉄路を乗り継ぐ手もありますが、やはり有馬へはバスが便利ですね。関西各地から直通バスが出ていますから、それを利用すれば有馬へ直通。しかもバスターミナルは温泉街の中心地にありますから、バスを降りたらすぐ温泉巡りができます。
コロナ禍の前は、インバウンドのお客さんであふれ返っていましたが、今は日本各地からのお客さんで賑わっています。
有馬温泉のいいところはたくさんありますが、温泉街がよく整備されているのも、そのひとつです。(写真は有馬温泉の老舗旅館、御所坊の玄関前の湯。有馬温泉は金泉と言われる濁り湯が人気)