地名で愉しむ京都たび ~人が集うまち~
柏井 壽
地名で愉しむ京都旅6
京都の地名でよく見かけるのが、業種を表す町名や通りの名前です。
京都と言えばお寺。そのお寺になじみが深いのが数珠。今も名残りが見られますが、かつては多くの数珠屋さんが建ち並んでいたのでしょう。『東本願寺』の近くに〈上数珠屋町通〉と〈下数珠屋町通〉とふた筋の通りがあります。そのあいだにあるのは〈正面通〉です。
この〈下珠数屋町通〉は、『東本願寺』を西へ越えると〈北小路通〉と名前が変わりますが、〈油小路通〉近くには、〈珠数屋町〉という町名がありますから、きっとこの界隈は珠数屋さんだらけだったのに間違いありません。
そして〈上数珠屋町通〉のすぐ北の〈六条通〉にはその名もずばり〈仏具屋町〉という町名があります。更に興味深いのは、この〈仏具屋町〉というのは、先ほど書きました〈数珠屋町〉のすぐ北にもう一か所、おなじ町名があるということです。
おなじ下京区に、しかも至近距離におなじ町名があっても混同しないのでしょうか。いささか心配になりますが、こういうときに役立つのが郵便番号です。
〈烏丸通〉近くの〈仏具屋町〉は600―8173で、〈油小路通〉近くのほうは600―8347なので、郵便番号さえ記載すれば、間違うことはないようです。
数珠屋も仏具屋も、至近距離におなじ町名が二か所存在しているのは、なんとも不思議な気もしますが、京都に詳しい方なら、もうその理由をお気付きになったでしょう。
そうです。『東本願寺』と『西本願寺』のふたつの大きなお寺にそれぞれ数珠屋さんや仏具屋さんがあったからです。
おなじ本願寺でも、東と西では微妙に流儀が異なりますから、それぞれを使い分ける必要があったのだと思います。
さすがはお寺の街だと感心しますが、京都はまた別の顔を持っていて、それは美食の街だということです。
京料理をはじめとして、美味しいものがたくさん集まっている京都ですから、当然のごとく食にちなむ地名も少なくありません。
先の数珠や仏具の地名から、そう遠くないところに、〈八百屋町〉、〈麹屋町〉、〈米屋町〉〈下魚棚四丁目〉など、分かりやすい職種の町名が幾つも集まって残っています。
この界隈を歩くと、きっといい匂いが漂ってきただろうと想像できます。
今では地名が残っているだけで、そんなお店が集まっているということはありません。しかしながら、この界隈から少し西へ行くと、本当の意味での京の台所と呼ばれる、京都中央卸市場があり、全国各地から送られてきた食材がここに集まります。
それは決して単なる偶然ではなく、集まるべくしてこの地に集まってきたのです。
今はやりの言葉で言えば、人流がこの界隈に集積していたからです。その元となるのは、冒頭に書いたお寺さんです。
東と西の本願寺へ参拝する善男善女は、膨大と言ってもいいほどの数で、それらの人々の食事をまかなうためには、たくさんの食材が必要となったので、この辺りに食材が集まり、商われてきたというわけです。
数珠屋さんと八百屋さん。一見、なんの繋がりもないように見えて、実は密接な結びつきがあった。そんなことも、京都の町名や通り名が教えてくれるのです。