「蟹料理」
門上 武司
11月上旬かにが解禁となる。
一気に料理店の献立に「かに」の文字が踊り始める。焼きかに、蒸しかに、ゆでかに、鍋、かに酢などなど。締めのご飯がかにの炊き込みであったり、中には豪快なかにチャーハンというところもある。それぞれの店によって個性が現れる。
随分前のことだが、先輩の料理評論家から「かには現地で食べるのがいちばん。港から運んでくるうちにうまみを湛えた液体がなくなってしまいます」と聞いたことがあった。だが、活けのかにとなると、そのリスクもかなり回避されると感じていた。数年前のこと。関西の和食の料理人数名と鳥取のかにで話題の料理店に出かけた。その料理人は冬になるとふんだんにカニを使う。
まず店内に入り感じたのは、かに特有の匂いがしないということ。その店の大将は「新鮮なかには匂いがしません。みんながかにの臭いというのは、極端なことを言えば腐敗臭なんです」と笑いながら話してくれた。それを聞いた料理人は、少し驚いた表情で「そうなんですね」と呟いていた。だが、その豪語する大将の真価を図りかねている様子であった。そして最初に供されたのが、なんとかに味噌。一般的な解釈では濃厚なかに味噌は中盤もしくは後半に出ることが多い。しかし、ここでは初っ端からかに味噌である。口に運ぶと爽やかで軽やかなのである。一同「これどういうことだ?!」と感じる。「鮮度です」と大将の弁。納得せざるを得ない味わい。続いてかに刺し、つまり生の状態である。これまで味わったことのない甘みが口の中に広がってゆく。2本目は醤油を数滴垂らす。するとかにの味わいの輪郭がくっきりする。1本目は甘みが先行したが、2本目にはかにの味がなんたるやを感じていた。このあたりから料理人の様子が変わってきた。「これは僕らが使っているかにとはクラスが違う」「これは関西では出すことは無理やね」「この時点で負けているような気がする」などの言葉が飛び交っていた。12月の初旬であったので香箱蟹が出た。その瞬間「この大きさは何!」と叫んだ。香箱蟹が小さな松葉かにくらいのサイズ。「料理屋さんで身をほぐして綺麗に甲羅に詰めるでしょ。私に言わせると、あれは処理という感じです。新鮮な香箱蟹の味を知ってください」と。確かに蒸した香箱蟹は、今までの香箱蟹の印象を大きく変える凄みがあった。
そこからフライ、鍋と進むのだが、同行の料理人は完全に白旗状態であった。「うちでは使えないが、これは経験しておくべきものです」とみんなが感じていた。
これは現地、港に近いところでないと味わえない体験であり、このかにだけを食べるために旅を計画しても値打ちがあると感じていた。門上 武司
株式会社ジオード 代表取締役
フードコラムニスト
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1952年10月3日大阪生まれ。関西の食雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、テレビ、雑誌、新聞等のメディアにて発言も多い。国内を旅することも多く、各地の生産者たちとのネットワークも拡がっている。食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぐ役割を果たす存在。また大阪府や大阪市、京都府、京都市、奈良県など、行政が日本の食について海外に向け発信するシーンへの登場も多数ある。また、日本のあらゆるジャンルの料理人が設立した一般社団法人 全日本・食学会では副理事長を勤める。2002年日本ソムリエ協会より名誉ソムリエの称号を授与される。著書に、『門上武司の僕を呼ぶ料理店』(クリエテ関西)のほか、『スローフードな宿』『スローフードな宿2』(木楽舎)、『京料理、おあがりやす』(廣済堂出版)等。旬のカニ料理を食すツアーを真結の旅でもご用意しております。
ぜひ冬の味覚の王様「蟹料理」を食べにお出かけしてみてはいかがでしょうか。