「クエ料理」
門上 武司
直近でクエを食べたのは、静岡のとある天ぷら屋で、最初に登場した一品。クエをいわゆる刺身サイズに切り、串打ちをしてさっと油の中を通す。油の温度は70度前後だと思う。それに塩を少し振り、一切れはそのまま、もう一切れはわさびをつける。生暖かいクエはほんのりとした甘さが口の中に広がりをみせる。わさびをつけた途端に甘味が鋭角的に暴れ出す。このふた切れでクエの本領をしっかり味わった気分となった。
天ぷらは食材に衣をつけ、油で揚げるのだが、ここでは衣をつけない。調理器具として油を使うのだ。この一品だけで、いわゆる天ぷらと違うコンセプトだと感じる。油をいかに自在に使うかで料理の幅が広がるのだと、この料理人は考えたのであろう。一方、ある洋食のシェフは、天ぷらを調理法としてとらえた。牛肉に天ぷらの衣をつけ揚げる。そのまま出さずに、しばし余熱で火を入れる。そこでおもむろに衣を外す。なんと中の牛肉はロゼ色に輝きを見せていた。それを食べたフランス料理のシェフは「これって低温調理ですか」と尋ねるぐらいであった。この光景を観たとき、料理の世界は奥が深く、まだまだ新たな世界が生まれると感じたのであった。
(写真:クエ天ぷら イメージ)またクエに話を戻す。九州ではクエのことをアラとも呼ぶ。九州・唐津の宿ではアラを食べ盡す料理が記憶に残っている。年中アラは取れるのだが、「唐津くんち」というお祭り(11月上旬)の頃から冬の間がオススメである。だいたい5キロ程度のアラを使う。まずは皮を引いて、鱗の付いた唐揚げ・鱗煎餅を楽しむ。
(写真:唐津 洋々閣 クエ料理イメージ)次は薄造り。細切りのねぎを巻いて食べるのだが、味わいの濃さに驚く。肝、胃袋、エラの部分はポン酢で食べる。これは値打ちありと感じる食感と味わい。圧巻は煮物であった。出汁の加減、火入れ具合によって口当たりも異なる。肉厚のもっちりしたうまみを味わうと「これがアラの本領か」と舌鼓を打ってしまう。
(写真:唐津 洋々閣 クエ料理イメージ)加えてメインとも感じる「アラちり鍋」が待ち受けている。昆布出汁の中をアラの身を泳がす。身はぷりぷりとして厚みがある。ポン酢と合わせると、コクが増すのである。骨の周りのコラーゲンはとろとろとして、知らぬ間に溶けてゆくのだ。そして締めには雑炊となる。アラのうまみが出汁にしっかり溶け込んでいるので、米粒を包む味わいが優しく濃厚なのだ。雑味を感じることなく、スッキリとした味わいについお代わり必至となる。
アラをあますところなく食べ盡す。これはアラを味わう醍醐味。焼きや天ぷらなど多彩な楽しみができるのもアラの特質。関西なら和歌山でも同様の楽しみが体験できる。
(写真:和歌山 四季の味ちひろ クエ料理イメージ)門上 武司
株式会社ジオード 代表取締役
フードコラムニスト
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1952年10月3日大阪生まれ。関西の食雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、テレビ、雑誌、新聞等のメディアにて発言も多い。国内を旅することも多く、各地の生産者たちとのネットワークも拡がっている。食に携わる生産者・流通・料理人・サービス・消費者をつなぐ役割を果たす存在。また大阪府や大阪市、京都府、京都市、奈良県など、行政が日本の食について海外に向け発信するシーンへの登場も多数ある。また、日本のあらゆるジャンルの料理人が設立した一般社団法人 全日本・食学会では副理事長を勤める。2002年日本ソムリエ協会より名誉ソムリエの称号を授与される。著書に、『門上武司の僕を呼ぶ料理店』(クリエテ関西)のほか、『スローフードな宿』『スローフードな宿2』(木楽舎)、『京料理、おあがりやす』(廣済堂出版)等。旬のクエ料理を食すツアーを真結の旅でもご用意しております。
ぜひ冬の高級食材「クエ料理」を食べにお出かけしてみてはいかがでしょうか。